お侍様 小劇場
 extra 〜寵猫抄より

    “花の散る下で”


桜は、山桜や八重などという種類にもよるが、
一般的なソメイヨシノだと、花から咲いての次が青葉。
そんなせいだろうか、
見事に咲きそろって富貴な花房を誇った桜が
機を経てのこと一斉に散る様は、
木葉擦れの音もないままの静かに静かに、
声もないまま ほろほろと去ってゆく……。





みっちりと分厚く咲きそろった、
緋白の小花たちをまとった枝々が、
吹きつけた少し強い風にたわんで ゆらゆらと揺れる。
咲いたばかりの頃合いは 結構丈夫な花づきだそうで。
なかなか散るような気配もないまま、
通り過ぎてく風の軌跡を描くよに。
手前から奥へと風を渡して順々に揺れるのが、
花や樹々の見せる舞いのようでもあって。
その麗しさや巧みさから、
視線が外せぬほどでもあったのだけれども。

 「みゃっ、みぃにゃ。」
 「なぁん、みゃう。」

ひらんひらん・はらはらと、
震えながら宙を舞う花びらから、
視線が外せないのは人ばかりでもないものか。
お散歩の途中に通りかかった並木の桜が、
人には感じられないほど弱い風にもくすぐられ、
こぼれ落ちるよにはらはら落ちる様を見て。
おおおとついつい足を停めた七郎次だったのへ、
提げていたバスケットの蓋が開き、
ひょこんぴょこんとお顔を出したおちびさん二人。
どしたのどしたの?とおっ母様のお顔を見上げた、
そんな小さなお顔の前を、白い花びらが舞ったので。
あ、あ、これちってる、しゃくらよ しゃくらと、
キャラメル色のおちびさんが小さな手を延べ。
しゃくら?と、カゴの奥から別なお声が応じたらしく。

 「ああ、ごめんごめん。」

二人に増えたチビさんたちなので、
リードつけて歩くのも仰々しいし、
さりとて小さいクロちゃんだけ抱っこというのも、
行動的すぎて目が離せぬ久蔵が、
停める手も間に合わず、何かに気を取られての一直線に
どこかへ駆けてったらという心配もまだまだあったので。
どうしても出掛ける必要があるときや、
逆にちょっとそこまで出ましょうかというお散歩には、
この春から籐のバスケットを使うようになった七郎次。
特に留め具は使わずで、こうやってお顔を出すのも自由自在。
それじゃあ意味がなかろうと、勘兵衛辺りは笑うのだが、

 『だっていい子ですもの、二人とも。』

久蔵がどこぞかへ突っ走ってっていってしまうのは、
ちょこまか歩いていて見かけた何かに気を取られてのこと、
本人にしてみれば散歩の延長上にあった行為に他ならず。
こうしてカゴに入っていてのことならば、
ぱこんと蓋が開く気配があってから
初めて回りを眺めるという順なので、
いきなり飛び出すようなことはまずはない。
今も、蓋を中から押し上げたまま、
何ぁになぁにと見上げるばかりになっており。
バランスがずれて揺れたのへ気づいた七郎次が、
バスケットの底を支えるようにして持ち直すと、
クロちゃんにも見えるようにと蓋を大きく開けてやり。
胸元へ抱えるように持ち上げれば、

 「にゃっ、みゃうvv」
 「にぃみゃっvv」

たくさんの花びらが
視野を埋める雨の如くに。
一斉に次々と とめどなく降りしきるのが
何とも見事なのへとのご対面。

 “猫の視野にはどう見えているんでしょうねぇ。”

動くものへの動態視力は大したものだが、
そうそう何でもかんでも
見えているということもないかも知れぬ。
だってそれじゃあ疲れるばかり。
人の耳が、余計な声はその意味まで拾うのをやめちゃう
所謂“カクテルパーティー効果”のように、
飽きたら特に反応もしなくなっちゃうのかなぁと。
今のところは興味津々、
小さな前足をしきりと延ばして
間近までやって来たのを捕まえようと躍起な素振りの、
小さな仔猫さんたちなのの方こそ、
散華の寂寥よりも見ごたえありと。
なかなか視線が外せぬ、
金髪美形のお兄さんだったりするようで。
日増しに濃さも増す新緑を背景に、
淡色の花びらが舞う風景に佇む彼の姿もまた、
愛らしい仔猫らとセットで、
通りすがりの方々には思わぬ眼福、

 「え、え? 誰よ誰、あの人。」
 「綺麗なお兄さんだよね〜vv」

まだ短縮授業らしい女子高生など、
つい足を停めてしまう人も出ていることへ、
果たして気づいているのやら。

 《 まずは気づいておるまいよ。》
 《 にゃ? クロたん、誰とおしゃべり?》

ひょこりと小首を傾げる、金の髪した坊やに訊かれ、
ううん何でもないよと小さな頭を振り振りする黒猫さんだが、

 “ほんの昨夜も、
  小者の邪妖がちょっかいを出して来たのだが…。”

夜桜の見事さも見ておかねばなどと、
原稿明けの島谷せんせえを引っ張り出したのが、
ご近所の神社で。
ほろ酔いらしかった帰宅途中のおじさんに、

 『でっかいが きれーな姐ちゃんだなぁv』

などと、野卑な声を掛けられても、

 『あらまあ、
  アタシが女性に見えるなんて
  相当ご機嫌に酔っておいでですねぇ。』

玲瓏莞爾な笑顔とともに、軽くいなした余裕の美人さん。
そんな瑣末なことなぞ気にならぬほど、
どうしても見たかったし見せたかったと。
珍しいくらい積極的に勘兵衛を引っ張り出したのが判る、
枝々へみっちりと花を抱いていたらしき大きな桜が。
だが、さわさわそよぐ夜風に撫でられては、
その淡い色合いの花衣を
そこここから ほどかされているかのように。
春の雨もかくやとの静かなまんま、
さあさあ、緋色の花びらを降らせる様子は圧巻で。

 『これは……成程。』

書斎に籠もっていた間に、今年は見過ごすところだったなと。
濃色の蓬髪のおもてを夜風にくすぐられつつ、
優しくてちょっぴり寂しい桜の散り際、
男臭いお顔を仰のけて、しみじみ眺めてござった、
壮年の作家せんせえだったれど。

 『………っ。』

まだ葉も見えず、音などせぬはずの桜の枝が、
ざざん・ざんっと、
不意にさざ波のような どよもしを響かせたのへ。
その精悍なお顔を不意に鋭角に引き締めて、
ここまで連れて来てくれた秘書殿の、
二の腕を掴むと力任せに引き寄せた。

 『え?えっ?』

機嫌がよかったはずなのに、
急にそのような無体を仕掛かる勘兵衛へ、
何だなんだと戸惑っていた彼のその背後から、
靄だか霧だか、夜陰に同化し見定めにくい色合いの存在が、
それこそ音もなくの近づいていたところ。
桜が後ろだと知らせてくれた奇跡はそれだけじゃあなくて、

 《 あるじっ。》

もう休んでいたからと、家へ置いて来たはずの黒猫さんが、
頼もしい本性の姿で翔って来ており。
しかもその背から飛び降りたのが、

 《 ………。》

淡色の小袖を重ねたその上へ、
真っ赤な長衣紋をまとった姿も頼もしい、
月の子のような金の髪けぶらせた、大妖狩りの青年剣豪。
既に抜き放っていた細身の双刀を両の手へ構えると、
勘兵衛らと妖しい霧との狭間へ身を躍らせの、

  しゃこん、きんっと

左右から交互に振り下ろした、鋭い太刀筋の一閃で、
あっと言う間に妖異を蒸散させてしまった手筈の見事さよ。
散り散りに砕けた靄の欠片たちは、
そのまま夜陰へ潜り込もうとしたようだったが。
それを許さなかったのが、
人の気配も殆どなかった
境内の空間へと満ちていた花びらの群れで。
か弱く儚く去りゆく存在に見えたものが、
我らの聖域への穢れは許さぬということか、
触れる片端から浄化してしまった様がまた、
もの言わぬ存在なだけに 絶妙見事な仕儀であり。

 “当人は相変わらず覚えてはおらぬようだが。”

覚えていないという点は、
小さなメインクーンさんも同じこと。
はややぁ〜と、小さなお口を開いて
たくさんの花びらが舞うのを見やる横顔の、
何とも幼い愛らしさからは、
昨夜の邪妖を一瞬で粉砕し、夜陰ごと切り裂いた、
鬼神のそれのよな裂帛の一閃なぞ、想像すら出来ぬ。
万が一にも降りかかって来ての侵食せぬよにと、
咒弊をかざして七郎次を庇った壮年の陰陽師殿は。
久々の、
しかも用意のない力を繰り出した余波が来たものか、
今日は朝から寝坊をしており。

 「勘兵衛様にもお土産にしようね。」

ポケットから取り出した携帯電話、
上へとかざして画像を取り込む七郎次なのへ。
みゃうにゃといい子のお返事返した
仔猫たちの愛らしさごと、
この町の春の綺麗で希少な一景だと、
こそり手持ちのモバイルへ収める人も結構いたらしき、
のどかな昼下がりだったそうな。




   〜Fine〜  2012.04.19.


  *ちょいとだらだら書いてしまったお話で
   使いたかったフレーズを出しそびれたので、
   こっちでリベンジです。(おいおい)
   近畿もそろそろ こういう段階、
   明日にも雨になるそうなので、
   それで散らされたら寂しいですね。
   福島や仙台はこれからが見ごろだそうですね。
   名所もたくさんおありでしょうに
   なかなか観に行けなくなった人も多かろうと思うと、
   それもまた切ないですね。
   例えばテレビの報道などで現地へ行かれる方、
   たくさん撮影してほしいななんて思います。

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